目はどのようにして作られるのか
-複雑な構造をもつ目が脳と表皮からつくられる仕組み-
研究テーマの設定まで
このテーマは、初期のニワトリ胚を用いて、目の発生メカニズムを明らかにしようとする取り組みである。荒木は、すでに京都府立医科大学でトリ胚操作法を使って松果体の発生学研究をおこなっていた。胚操作は発生学独自の手法であり、実験形態学を彷彿とさせる。奈良女では、器官発生研究では長い歴史をもつ目の発生に注目し、トリ胚操作を主要な実験手段として問題に取り組む事にした。
当初、具体的な研究テーマをどう設定するか、いろいろと悩んだが、胚操作が比較的やさしく、かつ、できるだけ若い胚のステージとして、眼胞形成期を選ぶことにした。そうすると、眼胞から眼杯形成の過程が対象となる。このステップは、目の形態形成を考える上でもっとも重要な時期でもある。この時期を扱った胚操作による先行研究を文献で調べてみると、少数であるが、いくつかの報告があった。そのいずれもが、網膜視神経から中脳視蓋への投射パターンに関するものであった。つまり、視神経投射の特異性がどのように決定されるのか、という問題である。眼胞を背腹、前後方向にひっくり返したときに、投射パターンがどのように変わるのかを調べることによって、いつ投射の特異性が決まるのかを調べる研究である。幸い、形態形成そのものに注目したものはなかった。
この時点で私に明確な問題設定ができていたわけではないが、直感的に、眼胞内に背—腹、前—後の軸(勾配)が形成されることが、目の発生に大きな意味をもつだろうと予想した。とくに背と腹は、形態形成上も明らかに違いがある。眼胞から眼杯形成の過程で、腹側には眼裂という構造(視神経や血管の通り道)ができる。この構造に注目して、眼胞の背と腹を逆転する実験を実施した。私が赴任する前に、私の研究室で卒業研究することを選んだ右衛門佐知子(研究室1期生)は、持ち前の緻密さ、器用さと粘りをいかんなく発揮し、この胚移植操作をおこなった。
右衛門佐の膨大な移植実験から次々と問題点が明らかになってきた。中でも、特定のステージ(10体節前後)で眼胞の背と腹の逆転移植をすると眼胞から眼杯への形態形成が進行しないこと(原始の目の状態)は大きな発見であった。これを私たちは、次のように解釈した。眼胞そのものが背と腹の極性を決めるのではなく、脳の背と腹の情報が眼胞に伝えられることによって、眼胞の背腹極性が決められる。このことをより詳しく調べるために、さらに困難な移植実験をおこなった。例えば、極性が脳から眼胞に伝わる際に、一定の時間が必要なはずで、より基部側を移植するか、より先端側を移植するかによって、これを示した。また、この一連の発生過程に関わると思われる転写因子の発現を組織内mRNA検出法(in situ hybridization)によって明らかにした。この実験作業は、奈良先端大の安田國雄さんの研究室でご指導をうけた。特に、Tbx5やPax2遺伝子は、背と腹のマーカーとして面白いパターン変化を示した。
右衛門佐による研究は、2002年に原著論文としてDevelopmental Biology誌に掲載され、そのアプローチのユニークさからも国際的にかなり注目された(高い被引用数)。特に、背と腹の軸形成から目の発生を見る見方は、これまでにない新しいものである。歴史的にも(100年近く)、また今でも、目の発生の捉え方は、基部—先端の軸で考えるのが一般に流布している見方である。表皮と脳の相互作用が目の発生を支配すると言う見方である。論文を投稿するたびに、この考え方とどう折り合いをつけるのか、いつもレビュワーの厳しい批評にさらされてきた。(この問題は、後述する)
その後の研究は、胚移植操作の難しさもあって、なかなか思うように進捗しない時期が続いた。しかし、本研究によって問題が明確に設定された。すなわち、脳の背と腹に由来する因子とは何か、またそれはいつどのようにして眼胞に伝えられるのか、これらの因子はどのようにして眼胞内の極性を決めるのか。
シルバー変異の解析
眼胞発生に関連する問題として、以前から実施していた研究が一つある。それは、ウズラのSilver変異の解析である。京都府立医大で研究生として研究をおこなった山尾美香留も参加して、解析に当たった。ホモ型では、発生初期に目の色素上皮が網膜に発生運命を変える。それも後極の一部でだけ変わる。これは、網膜再生の問題を考える上でも面白い現象である。なぜなら両生類イモリの網膜再生では、色素上皮が網膜を再生するからである。両生類網膜再生は研究室のもう一つの研究テーマであったから(後述)、シルバー変異の解析は網膜再生にもつながると考えられた。
私たちは、Silver変異ウズラで、すべての色素上皮が網膜に変わらずに、後極の一部でだけ変化することに注目した。つまり、色素上皮を裏打ちする結合組織側にこの原因があるのではないかと考えた。この結合組織は脈絡膜とよばれ、神経堤細胞の移動によって発生する。しかもSilver変異は、体色(羽毛)が真っ白になる変異である。つまり神経堤に由来するメラノサイトに異常がある。そこで、変異ウズラの眼胞と野生型ウズラの眼胞を交換移植する実験を実施した。もし、眼胞背側に移動する神経堤を野生型に変えたときに、表現型がでなければ、原因が結合組織側にあると言える。この移植実験は2期生高野貴子がかなりサポートしてくれたおかげで、2002年に論文としてDevelopmental Biology誌に掲載された。同じ年に兵庫県立大学の餅井真さんがSilver変異の原因遺伝子がmitfである事を報告した。この一連の研究によって、さらに追求すべき重要な問題があることを認識していたが、変異ウズラの有精卵の供給が難しくなり,残念ながらこれ以上解析は進まなかった。なお、このSilver変異ウズラの研究は、当時大阪府立大学獣医学科にいた都築正起さんとの共同研究で、彼はその後広島大学に移り、ウズラ博士として有名である。彼との共同研究のHMM変異の研究は、まだデータをまとめ切れていない。視神経が迷子になる面白い表現型を示す。
器官培養を導入して眼胞発生を研究
さて、次に明らかにすべき問題は、脳の背と腹に由来する因子とは何か、またそれはいつどのようにして眼胞に伝えられ、眼胞の背—腹極性を決めるのか、である。胚移植操作実験の難しさもあり、なかなか胚操作だけでは研究が進まない。そこで積極的に器官培養の系を開発することにした。これには、鍵山由香(3期生)を中心に、後藤田奈々香(4期生)が取り組んだ。具体的には、眼胞周囲の間葉組織に注目した。間葉組織は、眼胞の背側と腹側に分布し、それぞれ神経堤と前脊索中胚葉に由来すると考えられる。そこで、これらの周囲組織を眼胞から除去したのち、脳の背側半分または腹側半分と共培養して、眼胞の発生を調べた。脳組織と共培養することによって、脳に由来する因子の性質を明らかにしようという試みであった。結果は、なかなか面白いものであり、その後も胚移植操作と器官培養を併用して研究を進める事とになった。器官培養の結果、これまでの予想に違わず、脳由来の背側と腹側の因子が眼胞の発生を決めることが明らかになり、特に、背側因子が色素上皮発生に、腹側因子が網膜発生に重要である事が明らかになった。これらの結果は、原著論文として、2005年、Development Growth & Differentiation誌に掲載された。
脳由来因子とその機能の追求を目指して
いよいよ、具体的な因子とその機能を明らかにする事を目的に研究を進めることになったが、これまた思うようには進まなかった。同時に、より神経堤に注目した研究を進めることにした。神経堤が眼胞発生にどんな意味があるのかを、胚操作実験で追求した。まず5期生岡田千春が眼胞背側に人工膜を挿入し、細胞や分子の移動を阻止できるかどうかを試みた。さらに10期生白土利枝は神経堤の除去を試みたが、眼胞にはかなり広範囲から神経堤が流入するため、神経堤細胞の眼胞への移動を完全に阻止することは困難であった。当時、すでに脳の頭部領域にシグナル分子BMPs、Wntsの存在が示されていたので、眼胞の背側領域を色素上皮に誘導する因子としてこれらシグナル分子の働きを胚操作や器官培養で示すことを試みた。Wntsはタンパクそのものの入手、取り扱いがむずかしいこともあり、BMPsで実験を開始した。また、神経堤を切除する事により眼胞発生がどのように影響を受けるのかを調べた。これらの問題には、8期生田村真弓さらに9期生門脇由佳らが取り組んだ。背側因子としてBMPを示唆する面白い結果が得られたものの、十分に安定した結果ではなく、最終的に博士学生の小林琢磨の実験に待たざるを得なかった。
眼胞内の領域特異性
少し見方を変えて、眼胞そのものを一部切除することによって発生への影響を調べてみることにした。これまでの研究から、眼胞の領域ごとに発生運命が異なることが示されてきた。従って、特定の部分を切除する事によってそれに対応する構造が発生しなくなることを示そうとした。この研究は、6期生の平島美紀がおこなった。腹側を切除した胚では、眼杯は形成されず、色素上皮性の袋(嚢胞状の構造、論文ではpigmented vesicleと呼んでいる)となる。これは予想されたことである一方、背側を切除すると、正常な眼杯形成を経て、正常な目になる。この解釈として、腹側眼胞に背側因子が再度作用し、背—腹の極性が再構築されたと考えられる。さらに切除領域を大きくして、眼胞の4分の1だけを残す実験をした。面白いことに、腹側前方部の4分の1だけでも正常な目に発生することが明らかになった。逆に、この部分を除去すると目の発生は停止する。眼胞の腹側前方部は、あたかも目の発生を指令する器官オーガナイザー?のような働きをしている。この領域にはシグナル因子FGF8が局在しており、これがいわばオーガナイザー分子であるとも言える。
平島らによるこの研究は、原著論文として2007年Developmental Biology誌に掲載された。大阪大学の近藤寿人さんのラボにはin situ hybridization等何かとお世話になった。この論文は、論文データベースBiology Faculty1000でも取り上げられ、古典的実験形態学手法によって謎を明らかにしたとして、’must read’と評価された。
当時、奈良先端大博士後期課程の学生であった小林琢磨は、特別研究学生としてD1秋から本研究室で研究を開始し、この腹側前方部の4分の1領域が胚の中で実際に目をつくることを移植実験でも示した。眼胞の背側4分の1領域を切除して、そこに腹側前方部の4分の1領域を移植する。つまりこの領域を2つもつ胚を作成したところ、それぞれが別々の完全な目を形成することを示した。つまり、この領域は眼胞内で再度背—腹極性が再構築され、目に発生したと言える。あらためて、目の発生研究の面白さを示した実験である。小林によるこの研究は、原著として2009年にDevelopment Growth & Differentiation誌に掲載された。
背腹のシグナル分子の同定とその分子機能
さらに、小林はシグナル分子の働きを探るため、脳と眼胞の共培養および脳の背または腹側部分の単独培養とシグナル分子を組み合わせた培養を実施、シグナル伝達の薬理学的実験もおこなって、眼胞背側シグナルとしてBMP4を、腹側シグナルとしてFGF8を同定した。その上流には、脳由来シグナルが存在し、背側は不明(おそらくWnts)、腹側はShhを想定して実験をおこなった。その結果として、まず脳の背と腹のシグナルが存在し、これが眼胞内に背と腹のシグナル分子を誘導する、次に、これらのシグナルが、眼胞の背と腹側にそれぞれ特異的な転写因子の発現を誘導するとともに、反対側の遺伝子発現を抑制すると言う図式を提案した。これらの内容は、原著論文として、2010年にDevelopment Growth & Differentiation誌に掲載された。
Astrid Vogelとの共同研究
先述のように、目の発生は眼胞と表皮との相互作用によって進行し、とくに表皮と接する眼胞の先端側と接しない基部側で発生運命が異なる、と言う考え方が支配的であった。その中で、私たちの背—腹の極性成立が眼胞発生に重要であると言う考え方に興味を示したグループがあった。すでに松果体研究などで共同研究を実施していたドイツのダルムシュタット工科大学Paul Layerのラボで新しい研究グループを立ち上げたAstrid Vogelである。彼女はすでに背側で発現するシグナルWntに注目して研究をおこなっていたが、トリ胚操作の実験でおこなうことを考えた。そこで、大学院生のJorg Steinfeldが奈良女の研究室に滞在し、実験を実施した。その後、12期生の牛島一恵が今度はAstridのグループに合流した。このような共同研究の結果、BMPおよびWntは、初期には表皮および眼胞内に存在し、次第に背側に局在するようになる。その結果、色素上皮の発生、および網膜の発生が進行する事を示した。Wntの作用については、13期生の亀水千鶴が胚を使った薬理学的なアプローチをおこなった。まだ問題として、眼胞内の背側シグナルがどのようにしてそこに局在するのか不明であるが、背側シグナルとしてのWntの役割を示した実験として意味が大きい。これらの研究は、原著論文として、Development誌に掲載された。
目と脳の問題
眼胞は前脳胞が側方に突出した構造である。脳は背と腹の領域が全く異なる構造に発生する。そこで、前脳の背と腹の構造の違いがどのように決められるのか、これまでの眼胞での研究を下地にして考えることにした。脳の背と腹のシグナル、これはおそらく、WntとShhであろうが、これらは脳の背側領域、腹側領域の発生をどのように制御するのだろうか。特に、前脳から発生する大脳は、背側は皮質、腹側は基底核というように、非常に異なった形態と機能を持つ領域に発生する。そこで14期生唐岩藍翔梨は、器官培養の手法を用いてEmx1、Nkx2、Pax6に注目して取り組んだ。その結果、眼胞発生のシグナル制御とよく似た制御機構が示唆された。ただ、この問題は道半ばである。
さらに、現在進行中の研究であるが、目が脳の一部として発生を始めるときに、どれくらい特異化されているのか(脳か目かの選択はどのようにされるのか)について、いくらか新しい事実がわかってきた。これも、胚操作実験ならではの結果である。これは、現在15期生白浜美咲が取り組んでいる。まず眼胞の周囲組織を除去し、これを再び脳に戻す(脳と接ぎ木する)という困難な胚操作でこの問題にアプローチしている。このようにした眼胞は目ではなく脳に発生する。つまり、眼胞の周囲を覆う間葉組織には領域によって誘導能に違いがある事が示された。この問題も道半ばであるが、この実験事実は目の発生研究において大きな意味をもつと思う。
目の発生と背腹の極性の考え方
最近(2014年)、目の発生に関して興味ある総説論文が発表された。著者Hyerらは、目の発生の古典的な見方、基部—先端極性説を強く主張してきたグループである。彼らのこれまでの論文では、私たちの研究は全く引用されず、無視された形になっていた。ところが、この総説では、私たちの研究をすべて引用し、背—腹極性の考え方を紹介している。まだ両方の考え方はうまく折り合いをつけてはいないが、私はうまく説明することは十分可能だと考えている。私自身が、さまざまな可能性を提案し、それを実験的に検討することはもう難しい状況であるが、これまでの成果を再度検討し、この問題を総説論文で議論したいと考えている。少なくとも、本研究室でこれまで実施してきた胚操作、胚移植実験による目の発生研究がきわめてユニークな研究である事は間違いない。たいていの研究は、まず発生過程においる遺伝子発現パターンを調べ、次に注目した遺伝子をつぶす、あるいは異所的に発現させる。そうして得られた結果から発生メカニズムを解釈するのが、現在の典型的な発生研究である。私たちが胚移植実験で示した予期せぬ結果は、目の発生の新しい見方を生んできた。今後も、このような技術が生かされ、分子生物学的アプローチと組み合わさってより新しい成果につながるよう期待をもっている。
目と松果体を比較してみる
終わりに、これまでの成果を松果体発生と比較して、簡単に視覚器発生をまとめてみたい。(松果体研究の紹介は最後に)
目と松果体は、いわば姉妹器官である。形態形成上の大きな違いは、目は陥入し眼杯になるが、松果体は陥入せず袋状のままである。眼胞もある種の操作を施すと袋状のままで眼杯にならない。これまで述べてきたように、背と腹の両方のシグナルがあってこそ眼杯形成へ至る。松果体は最も背側に位置する器官であるから背側シグナルのみを受け、腹側シグナルを欠く。ナメクジウオでは腹側シグナルSHHがなく、正中部に1個の目(Frontal eye)をもつだけである。このように考えてみると、目は、実に良き場所を選んだものだと、あらためてその発生の面白さに思い至る。この考えからすると、松果体を目に変えることも可能なはずであるが、これまた、もはや実験する機会はないだろう。
最後に、ずっと頭から離れない疑問を記してこの項目を終わりたい。脊椎動物は、なぜ無脊椎型の(タコ型の)目の発生を放棄したのだろうか。かつてこれほど完璧な目をつくる方法をもっていたのにもかかわらず…..
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